ある時、ふとしたきっかけで、今まで気づいていなかった自分自身の性格に気づかされることがある。
自分のことなんてあらかた分かっているつもりでいたけど、
まだまだ未知の部分ってあるな。
【ノロケ話が好き】
人のノロケ話とか、恋人や配偶者を大事にしているなぁ、ってことが伝わってくるような話を聞くのって、
かなり好き。
先日も職場のおじさんが、「結婚記念日だし、お花買って帰らな。」
とニコニコしながら言っているのを聞いて、嬉しい気分になった。
でも照れがあるのか、あまりそういう話題って、人との会話の中で出てこないねんな。
むしろ愚痴の方が盛り上がるというか。
私自身は、ノロケ話的なことを普通に話す方なんだけど、
他の人も、こういう話を聞くの好きなんだろうか?
【うまくやり抜く賢さ】
どうもこうも自分の感情を持て余していた時、母に言われた。
「奥田民生も歌ってるよ。♪うまくやり抜く賢さを って。」
(その時の私の状況を、母は何も知らない。)
♪軽く笑えるユーモアを うまくやり抜く賢さを
(“イージュー☆ライダー” 奥田民生)
そうだなぁ。
最近の私、自分の感情にとらわれることが多くて、
そういう賢さ、抜け落ちていた。
時にはそういうの、大事だ。
(ここで動画を貼りたいところだけど、民生のバシッとしたのがない。嗚呼。)
【時間の経過が気持ちに与える影響】
渦中にいるときは、一大事なことでも、
ほとぼりが冷めてくると、少しずつおだやかになってくる。
すごく助かる。
ある意味、未来への希望。
行ってきました。
ものすごい数の人が来るとは聞いていたし、
私も母も普段、並んでまで何かをする性質ではないんだけど、
さすがに今回はね。
行くしかねぇ。
乃木坂の駅に着いたのが朝の11時過ぎ、そこからえんえん4時間、炎天下の中並んだ。
建物の中へ入れてからも、
行列のままジグザグ歩いて、祭壇の前まで進んでいくのだけど、
近づくにつれて、位牌の後ろに遺骨を入れた箱が置いてあるのが見えた。
・・・。
思わず息をのんだ。
清志郎があんなに小さくなってしまった。
昨年見た時は、ステージの上を飛び回っていたのに。
ものすごい衝撃。
清志郎とあの遺骨が気持ち的に全然つながらない。
テレビのニュースで、棺が運び出されるのを見た時も、
あの中に清志郎がいるのだということにすごいショックを受けたんだけど、
今回はもっと強い衝撃。
圧倒的事実がそこにあって、でも感情は全くついていかなくて、
言葉を失った。
混乱した。
もうただただ、泣くしかなかった。
家にいてネットやテレビでニュースを見ている以上に、
現実を思い知らされたな。
気持ちが落ち着くには、もう少しかかりそうだけど、
でも行って良かった。
4万3000人も来たらしいね。
入れなかった人もたくさんいたみたいだし。
並んでる間に周りの人を見てたんだけど、ほんとに多彩で面白かった。
きちんと喪服姿の人、まったくの普段着、ライブに行くような格好、清志郎の衣装みたいなの、
タイマーズのコスプレ、車いすのおばちゃん、妊婦さん、松葉杖の人、ベビーカーを押した若い夫婦、
子供にDS持たせて場所取りさせつつ、ウロウロするお父さん、
パンクな服装の怖そうな兄ちゃんが、淡い色合いのかわいらしい花束持ってたり、
ブルースブラザーズのダンエイクロイドみたいな格好の人が、すごいゴージャスなバラの花束持ってたり、
(しかも、暑さで花がしおれるのを防ぐために、ペットボトルの水を何度もかけていた。)
スーツにビジネスバッグで、仕事抜け出てきた見たいな人まで、ほんとにいろいろ。
それぞれ背景は全く違うけれど、
みんな清志郎とのお別れのために全国から集まってきたのだなぁ。
こんなに年齢から何から様々な人を惹きつけてきた清志郎の魅力はやっぱりすごい。
好きでいて本当に良かった。
http://www.flickr.com/photos/tsukimomo/
翌日は多摩蘭坂に行きました。
GWも今日で終わり。
なんかもう涙腺ゆるゆるのまま過ぎてったって感じだな。
清志郎の曲を聴き、動画を見、いろいろな人の追悼コメントを読み、
そのたびに感極まってたまらない気持ちになる。
連休で良かったわ。
平日だったらまともに仕事できてたとは思えん。
昨日は久々に友達と会った。
インド料理を食べていっぱい喋って笑ったおかげで、
ちょっと元気になった。
こういう時、気心の知れた友達って本当にありがたいわ。
彼女と会う予定を入れておいて良かった。
London Callingに行ったら、「残念だったね。」と声をかけてくれた人もいて。
温かい気遣い、嬉しかった。
ありがとう。
大貫憲章のブログより(抜粋)
とにかく、日本の音楽シーンの中での数少ないホンモノのロッカーで、音楽ファンで、妥協のないメジャーなアーティストのひとりでした。J-POPなんてレ ベルの人ではなかったし、そういうくくりを一番嫌ったミュージシャンでした。ニッポンのロックンロールのまっとうなミュージシャン、忌野清志郎さんに、今 はただ、お疲れさま。
あなたがいたことは、マスコミは三日で忘れても、ぼくたちは生涯忘れることはないですから。ぼくから言わせてもらいます。「キョシローくん、愛してまーす!!!永遠に」
http://ameblo.jp/boobee-002/entry-10253824764.html
いろいろと、無理矢理にでも気持ちを入れ替えて明日から仕事。
どう書いても自分の今の想いを表現することはできないけれど、
でもやっぱり書かずに過ぎることはできない気がして。
清志郎が亡くなった。
あまりにも突然で、なかなか気持ちがその事実を受け入れられない。
転移が発覚して以降、ずっと気がかりではあったけど、
完全復活祭を見ているだけに、また元気な姿を見せてくれるのではないかと思っていた。
小学生の時に初めてライブを見て以来、
清志郎は私の音楽の原点であり、“かっこいい”の象徴だった。
メロディ、詞、歌い方、ライブパフォーマンス、ルックス。
そして、あの声と社会と向き合う姿勢。
ずぼっとはまり込んでいた10代を過ぎてからは、
他の音楽にも興味は広がっていったけれど、
やっぱりことあるごとにRCの曲は聴いていた。
どんなに元気づけられて、どんなに救われたか。
悲しくて残念な気持ちでいっぱい。
涙腺ゆるみっぱなしだし、お腹はすかないし。
さっきまで清志郎の曲を聴いたり、映像を見る気になれなかったんだけど、
突然、モーレツに聴きたくなってきた。
9日の告別式、一般人の弔問も受け付けてくれるみたいなので行ってきます。
ちょっとは気持ちの整理がつくかもしれない。
何よりも「ありがとう。」と言いたい。